「訪問歯科を軌道に乗せるなら、特養などの大型施設を狙うべきだろうか」——そう考えたことのある院長先生は少なくないと思います。
特養は、介護施設の中でも特に名前が知られている存在です。だからこそ、拡大を考えたときに「まず施設、そして特養」という発想が自然に浮かびやすい。
ただ、実際に動いてみると、特養は意外なほど壁の高い施設です。しかも、特養に限らず施設介入そのものが、居宅に比べて薄利多売になりやすい構造を持っています。拡大期に本当に必要なのは、忙しさに見合った利益を確保し、それを組織へ投資できる体制です。
私は訪問歯科が拡大していく過程で、事務長や医療法人理事として施設交渉を重ねてきました。その経験から、「特養を目指す」という発想を一度立ち止まって見直すための視点をお伝えします。
なぜ「特養を目指す」という発想が生まれるのか
特養への期待は、一見すると合理的です。
定員数が多い。1施設の中に多くの入所者がいる。であれば、そこに入れさえすれば一気に患者数が増える。移動も1施設でまとまり、効率も良さそうに見えます。
ただ、ここには2つの見落としがあります。ひとつは「そもそも参入できるのか」。もうひとつは「入れたとして採算が合うのか」です。
特養という施設の実態
参入障壁が高い
特養は、有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅と比べて、かなり閉鎖的な側面があります。
歴史の長い施設が多く、地域で長年訪問歯科を行ってきた医院がすでに関係を築いているケースが大半です。また、複数の歯科医院が分担して入ることも、有料系施設に比べると少ない。つまり、新規が入る余地そのものが小さいのです。
さらに、有料系施設では機能することのある「在宅ケアマネからの紹介」も、特養ではほぼ使えません。施設内にケアマネが配置されているため、在宅ケアマネを介した橋渡しが成立しにくい構造になっています。
算定構造も楽ではない
特養では、有料老人ホームやサ高住とは保険上の扱いが異なるため、医療保険・介護保険の関係を原典で確認します。しかも同一施設内を同日に複数患者診ると、歯科訪問診療料の単価は下がっていきます。
これは特養だけの問題ではなく、施設訪問全般に言えることですが、多人数を診るほど1人あたりの単価が下がる。移動効率は良く見えても、算定効率の面では必ずしも有利とは言えません。特に治療が一巡して定期管理中心になった後は、薄利多売が表面化しやすくなります。
「特養を目指すべきか」を振り返るチェックリスト
- 訪問歯科の患者数を増やしたくて、施設=特養を最初の候補に考えていた
- 特養の定員数の多さを見て、「ここに入れれば一気に伸びる」と感じたことがある
- 在宅ケアマネからの紹介で特養へ介入できると思っていた
- 患者数が増えれば収益も比例して上がると考えている
- 拡大の指標として、まず患者数の増加を追っている
施設介入は「薄利多売」になりやすい
特養に限らず、施設への介入は居宅と比べて薄利多売になりやすい構造を持っています。
移動コストは下がる。しかし算定単価も下がる。多人数をまとめて診ることで「忙しく」はなりますが、1患者あたりの利益は居宅より低くなりやすい。さらに、人数が増えるほど書類作成や調整のコストも積み上がります。
拡大期に見落とされやすいのは、「忙しさ」と「収益性」は比例しないということです。患者数は増えているのに、思ったほど利益が残らない。その背景には、この構造があることが少なくありません。
例外として、特養を外せない地域もある
ただし、一律に「特養は後回し」と言い切れない地域もあります。
過疎化が進んだ地域では、居宅患者そのものが少なく、高齢者の多くが特養などの大型施設に集まっていることがあります。そうした地域では、特養を避けることが現実的でない場合もあります。
このような地域では、算定効率だけでなく、地域医療・介護連携の一環として丁寧に関係を築く方が合っています。都市部より競合も少なく、誠実な挨拶や継続的な関わりがそのまま参入につながることもあります。
つまり、判断は地域特性込みで行います。
拡大期に本当に固めるべき軸
では、施設介入を目下の目標にしないなら、何を目指せばよいのか。
答えはシンプルです。 地域のケアマネからの評判、新患紹介、既存患者の継続率 です。
ケアマネからの信頼が高まれば、紹介は続きます。既存患者が離脱せず継続してくれれば、スケジュールも安定します。この土台が機能している医院は、患者数が自然に積み上がります。その先に、施設介入もついてくるのです。
「施設へ入ること」を目標にするより、「紹介が続く医院の土台をつくること」を目標にした方が、長期的な安定経営には近づきます。
施設形態ごとに連携スタイルが変わる点については、 訪問歯科は特養・老健・グループホーム・在宅で何が変わる? もあわせてご覧ください。
まとめ
「特養を目指す」という発想は自然ですが、そこには参入障壁、算定構造、薄利多売のリスクという壁があります。
施設を狙った拡大戦略は、忙しさに見合う利益が残りにくく、組織への投資が後回しになりやすい。その意味で、最初の目標としてはおすすめしにくい方向です。
拡大期に固めるべきは、地域ケアマネからの評判、新患紹介、既存患者の継続率。この土台があってこそ、施設への介入も安定した形で機能します。