求人を出す前に、任せたい役割、教育できる体制、院長へ戻す判断基準を先に整理すると、採用後のズレを減らせます。

「この人じゃない気がする」——面接中にそう感じたのに、他に候補者がおらず採用を決めてしまった。歯科衛生士の採用が難しい今、そうした判断を経験された先生は少なくないと思います。

その後に後悔が生じるのは、求人媒体や応募者の質だけの問題ではありません。実際には、「選んだときの院長自身の状態」と「そのとき医院がどんな空気で人を迎えていたか」が、採用の成否を大きく左右していることがあります。

私は院内技工士として歯科医院に入社し、事務長を経て医療法人の理事として経営を担う立場になるまでの過程で、多くの採用・面接の場面を見てきました。その経験から、採用の結果を左右する「見落とされがちな変数」についてお伝えします。

採用の失敗は「誰を選んだか」だけの問題ではない

採用がうまくいかなかったとき、院長がたどり着きやすい結論は「結局あの人が合わなかった」「次はもっと良い人を選ぼう」というものです。私自身、採用に長く関わる中で、その後悔を何度も見てきました。

ただ、採用の失敗を「選んだ人の問題」だけで終わらせると、同じことが繰り返されやすいのが歯科医院経営の厄介なところです。

採用がうまくいかない場面では、見落とされやすい2つのことが同時に起きていることがあります。

① 焦りが判断基準を曖昧にしてしまう

その採用が欠員補充や急な増員で行われているとしたら、たいてい医院のどこかがすでに無理をし始めています。人が足りないだけでなく、院内の連携や役割分担にもひずみが出ていることが少なくありません。

そういう時期ほど、院長の頭の中は「早く埋めないと回らない」という思考に引っ張られます。すると、面接の場で応募者に対して本来なら気になって立ち止まるべき違和感があっても、「今は仕方ない」「入ってから何とかしよう」と判断しやすくなる。普段なら見逃さないはずのサインを、焦りが飲み込んでしまうのです。

採用で怖いのは、院長に余裕がない時期ほど、応募者の気になる点を見ていても止まりにくくなることです。これは応募者を見る目がなくなるというより、判断を保留する余白がなくなる、という方が正確かもしれません。

② 入社後の受け入れ体制が整っていない

急な欠員や切迫した増員の場面では、既存スタッフにも余裕がないことが多いものです。そういう時期に新人が入ると、その人の良さより先に、ズレや癖の方が目立ちやすくなります。新人の問題というより、受け止める側の余白がなくなっているのです。

こういう時期は、それまで何となく守られていた暗黙のルールも弱くなります。誰がどこまで教えるのかが曖昧なまま、新人は「今この医院で起きていること」をそのまま通常運転だと受け取ってしまう。すると、本来なら早い段階で修正できたはずのズレが、そのまま職場に馴染んでしまうことがあります。

特に、経験のある人や自己流の強い人が入ってきた場合は、そのズレが表に出やすくなります。しかも既存スタッフも余裕がない時期は、気づいていても深く関わらず、少し距離を置いて様子を見る空気が生まれがちです。表向きは受け入れていても、内側では「誰がこの人を見ていくのか」が宙に浮いたままになる。そうなると、新人の癖やズレが修正されないまま職場に残りやすくなります。

少し強い表現に聞こえるかもしれませんが、これは私が過去に実際の現場で見てきた崩れ方を、一般化しすぎない範囲で言葉にしたものです。採用の怖さは「問題のある人を採ってしまうこと」だけではなく、「崩れかけた組織が、その人のズレを増幅させてしまうこと」にもあります。

焦りの状態で「一人で考える」ことの限界

私自身の経験から言えるのは、焦りが強いときの思考は、視野が狭くなりやすいということです。見えているつもりでも、判断に必要な情報の優先順位が入れ替わってしまうことがあります。

院長自身が焦りの状態で採用をしたとしても、既存スタッフやチームにまだ余白があれば、持ち直せるケースはあります。逆に、院長にもスタッフにも余裕がないまま新人を迎えると、ちょっとしたズレが一気に表面化しやすくなります。

つまり採用の成否には、「誰を選ぶか」と同じくらい、「どういう状態で選んでいるか」「どういう医院の状態で迎えるか」が関係しているのです。

ここで大事なのは、焦りの中で一人で考え続けるほど、思考は偏りやすくなるということです。言語化できているからといって、必ずしも冷静とは限りません。むしろ、焦りが強いときほど、自分を納得させる理屈だけが先に整ってしまうこともあります。

だからこそ、こういう局面では「相談できる相手」がいるかどうかが重要になります。まだ悩みが整理されていなくてもいい。言葉になりきっていない段階で外に出すことで、初めて自分の偏りや、見落としていた前提に気づけることがあります。

先生の医院では、当てはまることはありますか?

以下のチェックリストで、現在の状況を振り返ってみてください。

  • 採用面接で焦っていて「判断が難しい」と感じた経験がある
  • 「この人じゃないな」と感じたが、他に候補がいなくて採用した
  • 入社後の引き継ぎ・教育を誰かに任せきりにした経験がある
  • 採用の前後、既存スタッフ間の関係がギスギスしていた
  • 採用を含む経営判断を、フラットに相談できる相手がいない

1つでも当てはまる場合、採用前後のプロセスに課題がある可能性があります。

訪問歯科特有の採用で、押さえておきたい視点

訪問歯科では、経験者や訪問に関心がある人が応募してきやすい傾向があります。そのため面接では、「なぜ訪問歯科に興味を持ったのか」「どんな場面にやりがいを感じるのか」を丁寧に聞くことをおすすめします。この問いへの答えは、その人の人となりを知る手がかりになるだけでなく、その人が医院に何を求めているかも見えやすくなります。

私の経験では、訪問歯科に向くかどうかは、本人の資質だけで決まるものではありません。良い人を採っても医院側に余白がなければ崩れますし、最初は不安があった人でも、関わり方次第で大きく伸びることがあります。

つまり「向いている人を当てる」発想だけでは足りないのです。誰を採るかと同じくらい、「今の医院で、その人を受け止められるか」を見ておくと整理しやすくなります。

また、歯科衛生士の採用が難しい現状を踏まえると、歯科助手を計画的に育てていく視点も現実的な選択肢のひとつです。

まとめ

採用の失敗を「あの人のせい」で終わらせると、同じ失敗は繰り返されます。見直すべきは、選んだ相手だけでなく、選んだときの自分の状態と、迎える側である医院の状態かもしれません。

「誰を選ぶか」と同じくらい、「どういう状態で選んでいるか」が結果を左右する——この視点を持つだけで、採用の見え方はかなり変わります。

焦りの強い時期に、採用も日々の経営判断も一人で抱え続けるには限度があります。そういう時ほど、判断を鈍らせないための外の視点が必要になります。

私は、そういう局面で判断の質を守るために時間やお金を使うことも、立派な自己投資だと思っています。もちろん、休むことや気分転換も大切です。ただ、それに加えて「思考を整理できる相手を持つこと」は、経営者にとってかなり実務的な投資です。